俺もちょっと早く着いたけれど、すでにくぅさんは約束の場所、成城石井の前に立っていた。
「プラチャレやる前に、とりあえず、ラウンジってどんなものか、体験してみませんか?」
「え、くぅさん、今日お泊りデート?」
ああ、また間抜けな返事だ。俺ってホントに瞬発力に欠ける。
「いやいや。ちがいますよ。それだったらいいなと思いますけれど、違いますよ。今日は、赤青さん、たぶん、会ったことやからみもないかもしれないけれど、泊まっている人がいるんです。それで、ラウンジ・プチオフ会に誘われていたんですよ。YUURIママさんが来られればと、言われたのですが、彼女、今日は大阪なので。まあ、そこでも阿倍野でオフ会なんですけれどね。カンパイ!ベイベー!というグループなんですって。彼女がいない分、こっちには、1席分あるので、昨日、渡りに舟と、赤青さんを呼んだんです。」
「会ったことない人?からみも…?悪くないかな?だって、ここオートグラフって高級ホテルでしょう?いきなりいいのかな?どんな服でキメればいいのかな?」
「相互フォローしてるみたいだし、大丈夫ですよ。向こうはきっと赤青さんのこと知ってますし、まあ、すぐに打ち解けますよ。それにホテルやマイルのこと詳しい人たちですから、話題は心配しないでも大丈夫ですよ。服装やたたずまいは見れば安心しますよ。」
そういう話をしながら入ったロビーは超超超いいカンジ。落ち着いて洗練された空間だ。
その、ロビーで会ったのは、「楽だーマン」さんと、「サラ」さんだった。ああ、確かに相互フォローしている。
楽だーマンさんは、らくだのアイコンで、中国によく行く人だ。サラさんは、女性でいつも大きな宝石の指輪の画像を出している人だ。
楽だーマンさんはなんというか、ツイッターの行動的なイメージとは実物は異なる。ちょい悪おやじを想像していたけれど、こじんまりした感じ。ただ、今ではあまり流行とは言えない「T」という文字を2つ組み合わせたブランドのTシャツを着ていてちょっと不思議。ちょっとロゴが違うカンジがする。オマージュ品かな?それとも楽だーマンさんの体型のせいかな?
一方、サラさんは派手なカンジ。下品なほど大きな指輪だけじゃなく、ビー玉みたいに大きなパワーストーンもしている。なにか爬虫類のタマゴみたいな色のパワーストーンだ。あんなふうにつけてご利益あるのかな?
正直言うと、二人ともあやしい。まっとうな人には見えない。とくにサラさんは気になる。美容のことも普段つぶやいているけれど、みどりよりも、肌の状態が良く見えない。この人、本当は何歳なんだろう。皆目見当がつかない。
ああ、でもこの人たちのおかげでラウンジを体験できる。コバンザメというやつだ。感謝しなきゃ。
お二人とも、ラウンジ入室できるステイタスを持っているから、くぅさんと俺はご相伴にあずかる形だ。ラウンジはこじんまりしていて、シックな雰囲気だ。ここに一人で入って行くのは勇気が大事だと思うくらい。紙コップでイインジャナイなんて無粋なことを言う輩もいないぞ。いわゆる泡もあり、それ以外のアルコールもそこそこある。オードブルのようなものもあり、確かにこれが、2時間堪能できるならば、どこかの個室居酒屋宴会だったら、3980円くらいはしそうだ。
共通の趣味があっても、慣れない場所で、知らない人と過ごす時間は緊張する。自分からはなかなか積極的にはいけない。相手は俺よりも経験値の高い人たちだから、無礼があってはいけない。ただ、プラチナチャレンジについてはしっかり方向性を決めたいから情報収集はするぞ。
でも、そんな俺の意気込みを何事もないようにスルーして、楽だーマンさんもサラさんも自分たちの話したいことを勝手に話している。こいつら、コミュ障か?と思ったりもしたけれど、注意深く聴いていると、なんとなくわかる言葉もあった。
最近のホテル修行はつまらない
誰もかれもがとにかくラウンジ、朝食、アップグレードと言っている
KUL発券もう飽和
カテゴリー1オンリーな修行をしたらウケるよねブログ作れるわ
AさんとBさんは実は付き合っているらしい
CさんはDさんが嫌いだから悪口を某所で言いふらしている
くぅさんとYUURIママさんはそろそろ身を固めてもいいんじゃないか
くぅさんは笑って聴いているけれど、楽だーマンさんとサラさんは同じことを何回も繰り返している。他に話題がないのか?それを、5回くらい繰り返したあとに、楽だーマンさんが、俺に、
「それで、プラチャレ、今、予算、10万切るんだっけ?」
と問いかけてきた。この不躾な言い草に、また不意をつかれ、ぅうっ、となったときに、サラさんが、
「もーだめよー。錦糸町値上がりしたみたいだしねー。やっぱりこういうのは、思い立ったが吉日でやるほうがいいのよねー。考えるより動け、よ。」
と含蓄ありそうなことを言った。でも言葉には重みは感じられなかったので、俺も、「はぁ、そーですねー」といつになく力を抜いて答えたら、くぅさんが、
「僕たち、おかげさまでごちそうになって満足しました。赤青さんもラウンジの雰囲気体験できて、うれしそうです。そろそろ、今日は、ここらへんで。お二人の積もる話の邪魔をしてはいけないので。」
と立ち上がった。楽だーマンさんもサラさんも一瞬ほっとした顔をして、俺達を引きとめもしなかった。サラさんはピース!ピース!のサインも送るくらいご機嫌だった。
お礼を言って、俺達はまた品川駅に向かった。
「赤青さん、ちょっと疲れたでしょ?大人数も疲れるけれど、ああいう、人のことを気にしない人たちとの少人数の集いも疲れれるよね、ははは。」
確かに。その通りだ。くぅさんは、あの人たちに慣れているのだろうか。
「いや、実はね、もうね、付き合い長いんです。それにあの人たちはまだいいんですよね。お金のため、が一番なので。きれいごとは言わないし、目的がはっきりしていて揺るがないの。」
「え?金儲けなの?それとプラチナチャレ」
「赤青さん、見て、これ。」
俺の話を遮って、くぅさんが差し出したスマホには、ツイッターのTLが表示されていた。すぐにYUURIママの手だとわかるぷっくりした手がカンパイしている画像が何枚も並んでいる。
「大阪で、これ、ですよ。カンパイ!ベイベー!今日はほんとだったらここで4人で今後の打ち合わせだったのに。今はチャンスなのに。」
「打ち合わせ?」
「ああ、ちょっと話が飛びましたね。スミマセン。この店でいいですかね?」
いつの間にか、港南口側に来ていて、居酒屋の前でくぅさんが言った。
「いいですよ。昨日聞けなかった話も合わせて、サシでいきましょう!」
とこぶしをあげながら、あえて、元気に声にしてみたが、くぅさんは、くすっと笑って、先に店に入って行った。くぅさんはラウンジにいる間に、この店を予約していてくれたみたいだ。すぐに席に着くことができた。
「なんだか、僕、赤青さんには正直になっちゃうんですよ。なんでだろう。他の人には自分のことを1ミリも話そうとなんて思わないんですが。赤青さんはちがう。人間力なのかな。あ、ビールでいいですよね?
僕のこと軽蔑しないでくれますか?これからする話をしても。」
「もちろんだよ。人はいろんな歴史をきざんできているから。どんな話でも軽蔑なんかするわけないじゃないか。」
「いや。だって、マイラー界隈では、お金のニオイがするだけで、嫌悪したりさらし者にしてもいいと思っているひとがいるでしょう。まあ、赤青さんは人間としての経験が違うから短絡的に判断したりはしないでしょうが。」
くぅさんは、いったん深呼吸して続ける。
「ふぅ。実は、さっき会った、あの人たち、楽だーもサラも、っていつも呼び捨てなんですけれどね、もう10年以上の付き合いなんですよ。」
「え、あの二人付き合ってるの?」
「ははは。違いますよ。赤青さんはほんとおもしろいなぁ。ストレートに男女関係に結び付ける時とまったく鈍感な時がある。きっと、恋愛偏差値低い。出身大学の偏差値は高いのに。それに、絶対浮気とかできないでしょう。言葉をそのまま素直に受け止める。そこが赤青さんの魅力。」
褒められているのかけなされているのかよくわからない(笑)。きっと褒められているのだろうけれど。
「ほら、結構正直に顔に出ちゃうところもいいところですよ。でね、そうなんですよ、そういうことじゃなくて、今日あった二人との関係ね。彼らと、僕と、YUURIママさん、この4人、もう10年以上の知り合いなんです。」
「へー、10年!くぅさん、マイラー歴10年ってこと?10年知り合いなのにあの人たちに敬語遣うの?」
「ははは。まだ、わかりづらいか。では、もっとわかりやすいところからいきましょうか。赤青さんのことだから、昨日もおとといも一生懸命、SPGアメックスや、マリオットのプラチナチャレンジのブログを調べてきたでしょう?そうですよね?」
「もちろんだよ。だって、人に教えてもらう前に、自分が研究しなきゃ。」
「ですよね。それで、気づきましたよね。SPGアメックスをプッシュしているブログの多さ。そして、最近は、アンチSPGアメックスを唱えるブログが出てきていること。そこに必ずからめられる事柄がマリオットのプラチャレ。肯定派も否定派も。」
「うん。そうなんだよ。そこもくぅさんに意見聞きたかったんだよ。SPGアメックスってオワコンなの?」
「そこですよね。赤青さんはどう思いました?オワコン?終焉だと思いましたか?」
「わからないんだよ。どっちの意見のブログも自信ありげだし、すごく良さそうに見える。両方とも。」
「そうですか。両方とも良く見えて、わからない。狙い通りですね。」
「ブロガーの狙い通りってことでしょ?わかるよ。それで、それぞれ、意見が異なるブロガー同志がいがみあっているんでしょう?マウンティングしたとか、しないとか。さっきも楽だーさんとサラさんが言ってたみたいに陰口言ったりもするんでしょ。」
俺もちゃんと理解しているというアピールタイムだ。どうだ!俺は恋もして、仕事してるぞ。浮気はしないけれど恋愛偏差値は低くないはずだ。
「わかる、か。わかってないと思いますよ。申し訳ないけれど。あれね、オールトゥギャザーナウで僕たち4人組で作ってるんですよ。僕たちがそのブロガーなんですよ。」
え、え、え???なに、くぅさん、いきなり、みどりみたいにルー語でオールトゥギャザナウって。みどりは怒ったときにルー語がでるけど、くぅさんは一体どういうつもりなの??さすが、くぅさん、ワーホリ経験もあるから、みどりとは発音がちがう。超超超超いい感じだ。俺もそういうふうに発音したい。でも、くぅさんが言いたいこと、俺、全然、見当がつかない…。
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